今、家庭教師から大学に舞い戻り候(23:40)

今日も家庭教師でございます。何気に週4日もやらせていただいております。本日は30分遅刻なうえ持参した夕飯代わりのツナマヨネーズパン(130円)をほおばりつつ授業。毎度ダメな先生ですいませんです・・・。
今日は分刻みのスケジュールだったのですが、人間忙しくなれば忙しくなるほど余計なことがしたくなるもの。現に書かなくていいブログまで書いて夕飯を食べる機会を逸しているのですから頭がオカシイですネ。体が疲れるのと反比例に頭は冴えてきて「アレも、コレも」状態になり、気が付けば今やらんでもいいやろといった事までこなしていたりします。今日なども実験の20分待ちを利用して、わざわざ本郷の書籍部に出向き本を探している自分を発見。我ながら驚かされました。帰りはもちろん早足でラボに直行。いわずもがな、無駄に疲れました。
で、わざわざ書籍部に足を運んだのも「古典落語CDの名盤」を買うためだったのだがここにも置いておらずガッカリ!疲れドッシリ!ぬゥ、手ぶらで帰ってなるものかと半ば自棄になって文庫本など2冊購入。

あらゆる場所に花束が… (新潮文庫)

あらゆる場所に花束が… (新潮文庫)

中原昌也のは昨日のブログでも書いた通り興味を持ったので。安いし。集英社新書の方はタイトルにまず興味を持ち手にとったのだが、そのまえがきを読んでウッとなってしまった。

今年の前期(2005年4月から7月)、久しぶりに駒場の講義を行った。(中略)最近とくにそのような学生が顕在化したように思えるのだが、本郷に進学してくる学生の目に輝きが感じられないのだ。(中略)実は大学院になると、目に輝きのない、そのような学生の比率はもっと高くなる。したがって、事態は深刻である。そのことを駒場のある教授に話したら、駒場の学生の目はまだ輝いているとのことで、では一度駒場で講義をしてみようと思った次第である。

うわァ。耳、あ痛たたた。駒場時代ってもう5年くらい昔の話ですよ・・・やっぱ輝いていたんだろうか、あの頃。ただ言えることは、今日のmy eyesは確実に血走ってるということだけですネ☆イエイ!
・・・はァ。まだ0:30ですか。あと1時間やることないよ。眠いよ。思うに理系の大学院生は疲れているんだと思いますよ。体力的に。手を動かす仕事ですからね実験というものは。しかも疲労に拍車をかけてくださるのが散々やって「データ、ナシ!」あるいは「データ、意味ナシ!」という事態との遭遇。うふふ・・・。この辛酸を何度も味わうとさすがに目を輝かせてばかりもいられんのですよ。って自己弁護してもひとり。でもね、稀にデータが出た時とかはすんごい輝いちゃってるんですよ、ひとりでもってこっそりね。大学院生は渋く輝く。いいね、コレ。教授もきっとそういう時期があったはずだけどなァ。