the RAKUGO week

今日は年甲斐もなく午前中からラクロスをしたためすでに疲労困憊。右腕が重くて仕方ありません。しかも大量に発汗した上から日焼け止めを塗りたくったので体中ベットべトです。臭いです。臭いかつベットベトです。26歳女性にあるまじき事態です。
ハイ、気持ちよく晴れた日曜日を気持ちよくお過ごしのみなさまの気分を見事台無しにしたところで本題です。
昨日は火曜日に引き続き落語を聴いてきました。今回は「談春志らく二人会」@三鷹市芸術文化センター。演目は以下。

志らくさんの落語を聴いたのは初めてだったのですが、これまでに聴いた愛宕山の中でも相当笑えましたし、またテンポがスピーディーなところも噺に合っていてよかったです。また談春さんは相変わらずステキング★前回はしっとりめの噺だったのですが今回は純粋に笑えて非常に楽しめました。ふたりの絡みもおもろかったし。「浜野矩随」のあらすじをざっと述べますと、父親である矩安は彫金の名工だったが息子矩随のほうはてんでヘタクソ。みな才能がないと思ってバカにしていたが、努力と母の祈りでもって最終的には開眼するという噺。で、そのサゲで志らくさんは「ガンバレこぶ平。」と言って笑いをとったのだが、その次に高座に上がった談春さんが口を開くなりボソっと「おまえがガンバレよ。」と。いやいやいや、ネ!二人会の醍醐味ですな。
にしても、今回改めて談春さんが好きになったね。勿論志らくさんもすごくうまいし全くもって好みの問題だとは思うが。志らくさんの落語はテンポが非常に宜しく随所にオリジナルのネタが散りばめられ、しかもそれが煩すぎずにもとの噺の雰囲気を壊していないところがスゴイと思った。しかし、一見フザケているようでいてどことなく生真面目な印象を受けるのである。計算し尽くされている感とでもいいましょうか。で、一方談春さんはといいますと、やはり噺家本人の人間性が滲み出ているんですね、噺全体に。なんといいますか、良い意味での「いい加減さ」が噺に人間臭さを付加すると。この人間臭さが登場人物の人間臭さになり、それがなんとも言えず噺に深みを与えるのである。やはり噺家の個性・人間性がかくし味的にプラスされてこそ噺に奥行きが出てくるものだと思うわけです。クラシック音楽もそうであるが、古典落語もまた噺家によってかくも違った仕上がりになるものかと驚かされますな。だからこそ面白いんですけど。嗚呼、しばらくは抜け出せませんよマイ・ラクゴブーム!