私の中で店長といえばこの人

私はかつて銀座並木通り沿いにあったカフェでアルバイトをしていた。4年弱働いていたので最終的にはそこそこのポジションを得た(お店の鍵を持たされたり)。しかしこうも長い間働いていると実に様々な人々に出会うものである。飲食店業界全体でそうなのかはわからないが、私の雇われていたところは若手の社員さんが店長あるいは副店長として1年ほど現場で働くシステムになっており、そのため私がいた期間だけでも4・5人は店長が入れ替わった。まァ店長といっても名ばかりで、実際の業務となると我々アルバイターの方が手馴れているため出来の悪い店長はネタに飢えた我々の恰好の餌食となった。
その最たるものが「ゲボタ」と呼ばれた男である。ゲボタ・・・本名は久保田、当時30にはまだ届かぬくらいの独身男であった。彼の名誉のために断っておくが、彼は決して仕事が出来なかったわけではなかった。むしろ何かとソツなくこなす方ではあったのだが、非常に遺憾なことにスーパーへヴィー級(致死性)の腋臭の持ち主だったのである。飲食店で腋臭は致命的である。とはいえ、私は普段から男の脇の匂いを嗅ぐのを至福としているくらいなのである程度の耐性はある。だがしかしこれいかに。ゲボタの臭いはそんな脇フェチパチ沼の閾値を遥かに超越するものだったのだ。あまりの悪臭に思わず息を止めた。息を止めたままだと死んでしまうが、息をしても死んでしまいそうだった。彼は客席にはめったに出ないため対外的には被害は少なかったが、同じ空間で働いている我々は常に吐気と闘っていたわけだ(「ゲボタ」はここに由来する)。暑い日はさらに酷くなったが、不思議と全く臭わない時もあった。そんな時は「空気がこんなに美味しかったなんて!」としみじみ生きていることへの感謝の念でいっぱいになった・・・。
ゲボタは背が低くちょっとオカマ口調だった。髪型は中田ヒデ風だったが本人は「別に真似なんてしてないモン!」とオリジナリティを主張したがった。「僕さァ、昨日もひとりで食べ放題に行ってきちゃった★」と打ち明けられた時は非常にリアクションに困ったのを覚えている(息を止めていたからということもあるが)。さらに彼は会社の夏休みか何かを利用して韓国に旅行に行ったのだが(おそらく一人で)、帰国後お土産を我々に渡しながら「いやァ、ホント酷かったよぉ、もう垢スリとかさいあくだよぉ、僕カラダじゅう血だらけになっちゃったモン!」と不服げに語った。ア、血ィ出たの。これはさすがに気の毒に思ったのを覚えている・・・。
まあ彼はその後どこかの支店に異動になったのでそれきりなのだが、こう思い返してみるとなかなかに彼のあの強烈な臭いが懐かしく感じられ・・・ないです、ホント無理ですすいませんです。