あの忌まわしい事件

私は湯島天神の近くに住んでいるのだが、毎年夏になると恒例のお祭が催され参道には数々の露店が並ぶ。あれはもう5年近く前のことだったろうか。湯島へ越してきて初めての夏祭に、nicoさんとふたり散歩がてら出向いた時のこと。
私は元来目移りしやすい性格で、その日も露店に並ぶ様々なモノ(焼きそば、たこ焼き、かるめ焼き、ヨーヨー等々・・・目くるめくB級ワールド!)に心を奪われ子供のようにはしゃいでいた。そんな中ひときわ私の心を掴んだのが金魚すくいだった。ああ、私もあの金魚をすくいたい!あの紙の張ってあるワッカで、赤やら白やら金魚を、ピチピチくわっとしたらどんなにか楽しいだろう・・・!
どうしても我慢できずにその旨をnicoさんに伝えると、「いや、やめといた方がいい」と即答されたのだった。彼は1)すくうだけならまぁいいが家に持ち帰るのは無理2)何故なら我が家には金魚鉢その他金魚を飼育する設備がない3)さらに露店で売られる金魚は弱くすぐ死ぬ可能性がある4)よしんば持ち帰ったとして君はほんまに世話できんのか?5)むしろほんまにすくいたいのか?一時の感情でそう思ってるだけちゃうか?・・・と理路整然と正論を並べ立て、私に金魚を諦めさせようとしたのだった。これは明らかに劣勢・・・そう思った私はダダこね作戦にうって出た。いやじゃいやじゃーーー!金魚すくいたいいいーーー!ぎゃー!そうして渋々彼から承諾を得ることに成功、ウキウキフィッシングを十二分に楽しんだのだった・・・。
そして祭のあと、我が家に戻った我々はとりあえず大きめの丼に金魚を移すことにした。3匹の金魚。ひときわ大きい金魚はもと子と名付け可愛がることにした。小さなビニール袋から丼に移された金魚たちは開放感に浸っているかにみえた。しかし、それは単なる勘違いだったのだ。
数分後、金魚たちは水面近くに口を突き出しパクパクパクパク、そらもう狂ったようにパクつき始めた。そのうちもと子は丼の中でぐるぐる暴れだし、もはや丼の外へ飛び出しかねない勢いだった。その間も金魚たちは絶えずうんこをしつづけ、1時間も経たないうちに丼の底はうんこで覆われる有様。こらキモい・・・!私は思った。この緊急事態にnicoさんはストローをくわえ、必死にブクブクさせることで水の中へ酸素を供給しようと試みた。むろん、効果なし。ああ、だって呼気は二酸化炭素多いもんね・・・私は思った。パクパクブクブクグルグルうんこ・・・。ノー!もう限界だわ!
そして我々は近所の人工池に走った。小脇に金魚丼をかかえて。通行人に悟られぬよう平静を装っていたが、その実小脇にはうんこを垂れる金魚たちがいようとは!この行動に至るまでにまた一悶着あったのは言うまでもない。「君がほしいゆうたんやろ」と責めるストローnicoさんを説得するために1)金魚は明らかに苦しんでいる2)酸素不足を早急に改善する方法はない3)明朝までこの状態にしておくと金魚は死に至るだろう4)もと子に至っては外に飛び出し干からびる可能性だってなきにしもあらず5)酸素豊富で広々した環境に放すのが最善の方法なのでは?6)ていうかキモくない?うんことか?とこれまた理路整然と言葉を並べたのだった。
人工池に放した瞬間、金魚たちは活き活きと泳ぎだした。良かった!小さな命を救うことができたのだ!空になった丼を片手に「もうこんなことしたらアカンで。君、コラ、わかってんのかいな!」と小言をいうnicoさんも心なしかホッとしているように見えた。
そして翌朝、金魚たちの姿はなかった。鯉が悠然と泳いでいるだけだった。nicoさんの落胆ぶりといったらなかった。そして私はキッチリ叱られた。アアゴメンナサイホントスイマセンモウシマセン!鯉が金魚を食うとは。無知こそ最大の罪であることよ。よよよ!切ない!ほんとネバーリピートやわこれ。ぐすん!