駅弁とトンネル

トシコに叱られながらムーンウォークをしたり、小学生に入り混じりミニ四駆を走らせたり(専用コースまで購入、6畳一間占領)、エアガンで野良猫を狙撃したり、仕事帰りにうんこを漏らしノーパンで帰宅したり、処女の娘(私)に「駅弁は結構キツい」と余計な感想を言ったりする我が父は本当に頭が悪いのだが、ギャグのセンスもそれはまた最悪であった。トシコ(母)はご存知の通り70kgオーバーのデブなのだが、そのトシコがうたた寝するたび「ア!なんだか急に暗くなった…トンネル(豚・寝る)」と、妙なしたり顔で言うのだから堪らない。(無論私は完全にスルー。)
とはいえそんな父にも稀に秀逸な言動があった。まず思い出されるのが家族で行った流れるプールでの出来事。トシコはデブの癖に水着姿になることを厭わず、それどころか肩丸出しのセクシー仕様を着用していた。そしてその肉塊を顕示しつつ「黒(の水着)は痩せて見えるからいいわー。」と小学生でさえ返答に困る台詞を平然と言い放つのだった。
トシコは平泳ぎしかしない。それには理由があり、平泳ぎならば顔を水に漬けずに済むため化粧が落ちる心配がないからである。当時トシコはアイプチとかいう一重瞼を強制的に二重にする糊のようなコスメを愛用しており、私にしてみれば目を気にする前にまずその肉を!と声を大にして言いたいところなのだが、とにかくトシコは人前で崩れた地顔を見せることを極度に嫌っていた。
その日もトシコはヒポポ然とした平泳ぎを見せていた。その時私と父はプールサイドで休憩していたのだが、父は何かを思いついたらしく、ニヤニヤしながら私を見ると、「ちょっと行って来るね」と言い残してプールへと入っていった。その先を見遣ると、トシコが泳ぎを止め水中歩行しているのが見えた。父は静かにトシコの背後から近づいていった。そしてすぐ後ろまで来ると、間髪入れず思い切りトシコの足をはらったのだった。一瞬にしてトシコは水中へ消えた。父は大喜びだった。まもなくトシコが水中から顔を出した時、最も恐れていた悲劇が現実のものとなっていた――。
一層不細工になったトシコは激怒、もう帰ると言い出したため楽しいプールの時間は強制終了と相なった。しかしあの時の爽快感は今でも忘れられない。今思えば、父は身体でもってトシコに「二重は腹だけにしろ!」と伝えたかったのだと思う。
次に懐かしく思い出されるのがある日常のやりとり。トシコは相変わらずデブだが、依然として美容には気を配っていた。その日は何度も鏡を見ては憮然とした表情を浮かべていたが、ふっとため息をつくと、
「なんか今日顔が浮腫んでるみたい…ね?」
と横にいた父に話しかけた。すると父はすかさず
「えー、トシコちゃんの場合全身浮腫んでるジャン!」
こればかりは私も吹き出さずにはいられなかった。そして和やかなムードは一変、トシコ激怒により砂を噛むような夕食になったことだけ記しておきたい。
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まもなく父の誕生日ということでフィーチャリングしてみました。5月はトシコをフィーチャーしたいと思います。チャオ!